ピンク映画と「視覚的快楽と物語映画」
生まれて初めてピンク映画を見る機会があった。
それも、女性監督の。 『第七官界彷徨ー尾崎翠を探して』(1998)、『百合祭』(2001)、『こほろぎ嬢』(2006)の監督でもある、浜野佐知監督。 1971年の監督デビュー以来、30年以上にわたって、ピンク映画300本を制作、日本のセクシュアリティの現実と向き合ってきた監督である。 今、成人映画館にかかっているその作品は、ちょっとうんざりするシーンも多かったが、心地よく、すっきりするシーンも随所に挿入されている、さすが女性監督! それも最近「フェミニズムに雪崩れ込んでいる」監督の作品で、吹き出してしまうこともたびたび。 ピンク映画というのは、日本独特のもので、1962年に始まり、いくつかの危機を乗り越えながら、最盛期は全国の500館の成人映画館で、今は110館の映画館で上映されているそうだ。 聞いて驚いたのが、決まり事の多さ。 最初から5分と終わり5分前には「濡れ場」を入れること。女性3人、男性3人の話し。若い女優を一人起用すること。もちろん、見せててはいけないものものがいろいろある。ヘアーは解禁になったが、シーンによってはダメ、 などなど。 そうすると、1時間の作品のうち、30分はsex関係シーンで、ストーリは残り30分で展開させてなくてはいけない、ということになるそうだ。 そんな制約の中で、浜野監督、すごいメッセージを入れ込んでいる。 ピンク映画の観客は、ほとんど男性。それも50代以上とのこと。 その観客にこの映画が上映されているなんて、すごーいことだと思う。 とはいえ、浜野さんは女性を美しく撮るから、そんなメッセージなど耳に入らない男性観客も多いのだろう。 それでも、浜野さんのメッセージは、男性の中にも響くものがあるかもしれない。 堅固、攻撃的なものがすべてではない。 「エロを見にいって、フェミを浴びる」と評されたとも話されていた。 浜野監督、かっこいい。 ようやく、話題になっていた『百合祭』(2001年)も見ることができた。 「刻んだシワの一本にも、人生のプライド!女たちの性エネルギーが再起動する」 ざっとあらすじも知っていたのだけれど、意外にも涙がこぼれた。 「多分、男の監督が撮ったら『一人のジジイを奪いあって修羅場を演じるババアたち』が描かれていたことだろう。確かに原作は、男である三好さんの物語だ。百合は一本の茎にいくつもの花をつけるが、彼は重たい百合の花を一身に支える茎として存在する。けれど、私はこれを女たちの物語にしたかった。一人の男を奪い合うのではなく、共有する女たち、生殖という概念から解き放たれて、瑞々しく羽ばたく女たち、自ら選択してエロスを楽しむ女たち、これこそ私にしか撮れない映画ではないか。」 「私はあくまでも女性に観てもらう作品を作りたい。しかし、本当に女性たちは、あからさまなポルノを望んでいるのか?視覚よりも、心に届く性を描けないだろうか。そう考え始めた時に、『百合祭』と出会ったのだった。」 (「女が映画を作るとき」、浜野佐知) 「心に届く性」に触れたのだろう。 そして、年をとっていくことへのポジティブなまなざしに! 女性監督の存在が、頼もしい。 * 1975年に書かれ、「フェミニスト映画理論を代表する記念碑的論文」と言われているローラ・マルヴィの「視覚的快楽と物語映画」という論文を思い起こしている。 「本論文は、個人主体における魅惑という現象の既存の複数パターンと、主体を形成した社会構造により、映画の魅惑がどこで、また、どのようにして強化されるかを発見することを目的として精神分析を使用しようとする。性差が映像、エロティックな視線、そして美観(スペクタル)を統御し、そして映画がどのように性差の社会的に制度化された認識を反映し、また矯正さえしてしまうのかということがこの論文の出発点である。」と始まる。 (斉藤綾子訳、「視覚的快楽と物語映画」から。『新・映画理論集成]、フィルム・アート社、1998年) 「ピンク映画」と呼ばれる映画の観客は、ほとんど男性である。 浜野さんは、「男性の撮るピンク映画とは違う、女性をきれいに撮る映画を作りたかった」と話されていた。浜野さんの撮った映画は、男性観客にも受入れられ80年代には浜野映画ファンが出現したそうだ。 浜野さんの視線は、観客の男性の視線と共通し、その欲望を強化したのだろうか? あるいは、その欲望の方向性を変化させたのだろうか? 先日見た「ピンク映画」は、欲望の方向を変えようとしている。 「百合祭」では、ローラ・マルヴィが主張していた「快楽の破壊をラディカルな武器とすること」が実践されていたように思うのだけれど。 日本でも、映像作品へのフェミニスト批評と実践がつながり、様々な可能性が発展することを期待。
by artemisk
| 2008-06-28 10:59
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